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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(オ)734号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人的場悠紀、同中井康之、同木村保男、同川村俊雄、同大槻守、同松森彬の上告理由について

破産者が義務なくして他人のためにした保証若しくは抵当権設定等の担保の供与は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であつても、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、破産法七二条五号にいう無償行為に当たるものと解すべきであり(大審院昭和一一年(オ)第二九八号同年八月一〇日判決・民集一五巻一六八〇頁参照)、右の理は、主たる債務者がいわゆる同族会社であり、破産者がその代表者で実質的な経営者でもあるときにも妥当するものというべきである。けだし、同号にいう無償行為として否認される根拠は、その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであつて破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるため、破産者及び受益者の主観を顧慮することなく、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めたことにあるから、その無償性は、専ら破産者について決すれば足り、受益者の立場において無償であるか否かは問わないばかりでなく、破産者の前記保証等の行為とこれにより利益を受けた債権者の出捐との間には事実上の関係があるにすぎず、また、破産者が取得することのあるべき求償権も当然には右行為の対価としての経済的利益に当たるとはいえないところ、いわゆる同族会社の代表者で実質的な経営者でもある破産者が会社のため右行為をした場合であつても、当該破産手続は会社とは別個の破産者個人に対する総債権者の満足のためその総財産の管理換価を目的として行われるものであることにかんがみると、その一事をもつて、叙上の点を別異に解すべき合理的根拠とすることはできないからである。

これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、(1) 訴外平田染工株式会社(以下「平田染工」という。)は、いわゆる同族会社であるが、昭和五一年六月ころ、資金繰りが悪化し、原料購入先である上告人に対し、代金の支払猶予を求めた、(2) 上告人は、同年九月三日、平田染工に対し、向う六か月間に満期が到来する金額合計三六七三万三〇六〇円の支払手形の書換えのため上告人において立替決済をする旨約するとともに、平田染工の代表取締役で実質的な経営者でもある訴外高井一三(以下「破産者高井」という。)との間で、同人が平田染工の上告人に対する取引上の一切の債務につき連帯保証(以下「本件保証」という。)をし、かつ、同人所有の本件不動産につき上告人のため極度額四〇〇〇万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定する旨の合意をし、その旨登記を経由した、(3) 破産者高井は、本件保証及び本件根抵当権の設定に際し、保証料の取得その他破産財団の増加をもたらすような経済的利益を受けなかつた、(4) 上告人が右立替決済の一部の履行をしたところ、破産者高井は、同年一二月二一日破産の申立をされ、昭和五二年三月一四日京都地方裁判所において破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に選任された、(5) その後、本件不動産について任意競売手続が開始され、同裁判所により、上告人に対し本件根抵当権に基づき二九一九万五六三五円を配当する旨の配当表が作成されたため、被上告人は、右根抵当権の設定が破産法七二条五号にいう無償行為に当たるとして否認権を行使し、配当期日において異議を申し立てるとともに、本訴において同号に基づき本件保証をも否認した、というのであり、以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らして首肯することができ、その過程に所論の違法はない。

そうすると、右事実関係のもとにおいて、破産者高井が破産の申立前六月内に義務なくして平田染工のためにした本件保証及び本件根抵当権の設定は破産法七二条五号にいう無償行為に当たり、被上告人の本件否認権行使を肯認すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又はこれと異なる見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官島谷六郎、同林藤之輔の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。

私は、破産者高井が義務なくしてした本件保証及び本件根抵当権の設定が破産法七二条五号にいう無償行為に当たるとする多数意見に賛成することはできない。その理由は、次のとおりである。

破産法七二条五号による無償否認は、破産者及び受益者の主観的要件を全く問うことなく、一定期間内の無償行為でありさえすれば、ただそれだけの理由で否認することを認めた特殊な否認類型である。同条が定める他の否認類型、すなわち一号の故意否認では、破産者及び受益者において否認の対象となる行為が破産債権者を害することを知つていたことが必要であり、二号ないし四号の危機否認でも、受益者らが破産者の支払の停止又は破産の申立があつたことを知つていた等の主観的要件が必要とされるのに対し、五号の無償否認では、破産者及び受益者の主観のいかんを全く問わないのである。破産者が破産債権者を害する意思をもつことを要しないのはもちろん、受益者らにもこのような主観的要件は必要ではなく、客観的に無償行為であるならば、これを否認しようというものである。このような純客観主義的な否認類型を認めた理由は、否認の対象が無償行為だからである。無償で財産上の利益を取得した者は、それによつて他人の権利が害される場合には他人に譲らなければならないという法理念に基づき、否認を許しても、財産状態が原状に復するだけで受益者がそのために損失を被ることがないことを前提とするものであつて、贈与がその典型である。贈与が否認されても、受贈者において贈与者から贈与された物を返還すれば足り、それ以上に失うものがなく、その立場が不当に害されることはないからである。これに反し、破産者の保証若しくは担保の供与(以下「保証等」という。)があるため債権者が主たる債務者に対して貸付等の出捐をした場合において、破産者の保証等の行為が無償行為に当たるとしてこれを否認しうるものとすれば、債権者は保証等がないにもかかわらず出捐を行つたのと同じ結果となる。債権者としては、保証等がなければ出捐をしなかつたはずであるが、それが否認されると債権者の出捐だけがそのまま残ることになり、その立場は著しく害されるのであつて、贈与が否認された場合の受贈者の立場とは甚だしく異なる。このような場合までをも無償行為とみて、当事者の主観のいかんを問わず、客観主義的な無償否認を許すのは、法の趣旨とは考えられない。

多数意見は、破産者が保証等の行為をしたとしても、それだけでは破産者自身が反対給付を受けることはなく無償行為に当たると解するのであるが、債権者の立場からすれば、主たる債務者に対する出捐をしているのであり、破産者自身債権者の右出捐を目的として保証等の行為をしているのである。両者は相互に密接に関連しており、一体として観察されるべきであつて、別々に切り離して評価することは許されない。もちろん、破産者は、右行為の時点では、債権者から反対給付を受けることはないが、自らは何らの出捐をすることもなく、単に債務の負担をするだけであり、将来保証債務を履行し若しくは担保権を実行された場合にはじめて出捐をすることとなるのであつて、この場合には破産者は実質的対価としての求償権を取得する。したがつて、贈与のような、全く対価のない無償行為ということはできない。なおまた、担保の供与についてみるに、破産者が右のように他人の債務について担保の供与をした場合ではなく、破産者が自己の債務について破産債権者に担保を供与した場合には、破産法七二条二号ないし四号の危機否認の規定が適用されることになるのであるが、ここでは受益者の悪意が否認の要件となる。同じく破産者が担保の供与をした場合であつても、自己の債務についてしたときには主観的要件が必要とされるのに、他人の債務についてしたときにはこれを要しないというのでは、両者の均衡がとれず、甚だ不合理であるといわざるをえない。この二つの場合とも、別除権の対象となりうる点では同じである。

否認権の制度は、破産債権者のために債権の保全を図り、破産財団の増加に資するものではあるが、他方、取引の安全を害する側面を有する。破産法は、有償行為については、破産者の詐害の意思と受益者の悪意が存するときにのみ否認を許すこととして、債権の保全を図つているが、これが存しないときには、否認を許さないで、取引の安全を図つている。これに反し、無償行為については、詐害の意思等が存在しないにもかかわらず、すべて否認を許すことによつて、取引の安全を全く無視して、債権の保全を図るのである。しかし、それはひとえに無償行為であつて、たとえ否認を許しても、受益者に損失を被らせることがないからである。破産法は、このようにして債権の保全と取引の安全との調和を図つているのであつて、無償行為の範囲を広く解釈することによつて取引の安全を害することは許されないのである。破産者がした本件のような保証等の行為は、破産法七二条一号による否認の対象となりうることは格別、同条五号によつてはこれを否認することができず、多数意見の引用する大審院判例は変更されるべきものと思料する。

したがつて、破産者高井がした本件保証及び本件根抵当権の設定が同条五号にいう無償行為に当たるとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤り、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、右違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、同条五号による否認のみを原因とする被上告人の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを認容した原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、右請求を棄却すべきである。

裁判官林藤之輔の反対意見は、次のとおりである。

私も、多数意見の結論に賛成することができない点では、裁判官島谷六郎の反対意見と同じであるが、その理由とするところを異にするので、私の考えを述べてみたい。

破産者が義務なくして他人のためにした保証若しくは担保の供与は、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、破産法七二条五号にいう無償行為に当たると解すべきことは、多数意見の説示するとおりである。しかし、主たる債務者が破産者及びその一族の所有かつ経営にかかるいわゆる同族会社であり、破産者がその代表者で名実ともにこれを支配しうる経営者であるような関係にあつて、債権者が破産者の保証若しくは担保の供与(以下「保証等」という。)があればこそ会社に対して出捐をしたものであり、かつ、会社が右出捐を得られないことになれば、その営業の維持遂行に重大な支障を来たすため、破産者自らこれに代わる措置を講ずることを余儀なくされたなどの事情があつて、実質的に、破産者が会社に対する善管注意義務ないし忠実義務を履行するとともに自己の出資の維持ないし増殖を図るため保証等をしたものといえるときには、破産者自ら直接ないし間接に経済的利益を受け破産財団の保全に資したものとして、右行為は無償行為には当たらないものと解するのが相当である。けだし、右の経済的利益の有無は、具体的事案に即して実質的に考察すべきものであつて、多数意見が引用している大審院の判例も、対価関係の存否の判断については破産者の意思を参酌しうるものとし、破産者自ら経済的利益を受けたといえる場合の例示として、主たる債務者の扶養義務者である破産者が保証等をすることにより債権者の出捐がされたため破産者の右義務の履行が緩和された場合、あるいは一種の企業形態である匿名組合において匿名組合員たる破産者が相手方の営業上の債務につき保証等をした場合を挙げているところ、その趣旨とするところは、前者にあつては、主たる債務者が債権者から出捐を得られなければ、それによる経済的不利益が破産者に帰するため、破産者のする保証等が右の不利益を免れさせる意義を有することとなり、また、後者にあつては、破産者が相手方の営業のために出資しその営業より生ずる利益の分配請求権を有する地位にあるため、自己のする保証等が利益分配請求権及び出資の維持ないし増殖に資するからにほかならないからであり、以上の理は、前述のような場合にも等しく妥当するものというべきである。

これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、(1) 平田染工は、破産者高井及びその義父で創業者でもある訴外平田延三郎とそれらの一族が所有かつ経営するいわゆる同族会社であり、その実質的な経営権限は代表者の破産者高井に集中していた、(2) 破産者高井は、平田染工の資金繰りが悪化したのちは、原料購入の取引先である上告人等との融資交渉に奔走し、本件支払手形の書換えのため、上告人から立替決済の資金援助を受け、これを担保するため本件保証等をした、(3) 右行為の当時、破産者高井は、平田染工から約三五〇〇万円にのぼる貸付けを受けていた、というのである。右事実関係に照らせば、破産者高井は、平田染工と法人格を異にするとはいえ、名実ともにこれを支配しうる経営者であつて、実質的に極めて密接な関係にあり、経済的観点からみても利害関係を共通にし、かつ、破産者高井の本件保証等があればこそ平田染工が上告人からの出捐を得られたものというべきであり、他に格別の事情がない限り、平田染工において右出捐を得られないことになれば、その営業の維持遂行に重大な支障を来たし、破産者高井が、自己所有の本件不動産を処分し、あるいは前記借受金を返済するなどして、自ら平田染工に対し資金の手当を講ぜざるをえなかつた蓋然性が高いものと解しうるのである。そうとすれば、破産者高井は、実質的に、平田染工に対する善管注意義務ないし忠実義務を履行するとともに自己の出資の維持ないし増殖を図るため本件保証等をしたものとみることができるのであつて、原判示のように保証料等を取得しなかつたとしても、自ら直接ないし間接に経済的利益を受け破産財団の保全に資したものとして、右行為が無償行為に当たらないと評価する余地が十分に存するものというべきである。

したがつて、破産者高井が本件保証及び本件根抵当権の設定の対価として経済的利益を受けたものとはいえないとしたうえ、右行為が破産法七二条五号にいう無償行為に当たるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽の違法があるものというべく、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、これと同旨をいう論旨は、理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、叙上の見地から更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。

(裁判長裁判官 島谷六郎 裁判官 牧 圭次 裁判官 藤島 昭 裁判官 香川保一 裁判官 林 藤之輔)

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